電話しました、泣いたってよ

そのまま何もしないなんて出来るわけもなく。

前回の記事を出した数時間後には、覚悟を決めて電話しましたよね。

あの記事を書き始めたのは母から実家の電話がつながると聞いたすぐ後だったので、本当にものすごく動揺していて。

 

丸々2日間、考えましたけども。

1日目は、ずっといろんな感情や不安がぐるぐるして、寝て、起きてまた1日考えて、夕方になる頃にはこりゃもう電話するな、と。

これはもう、何か大きなものに与えられた恵まれた機会だな、と。

 

父だけじゃなく、私だって、誰だって、いつ何で死ぬかわからない。

今は、コロナで多くの人が死を近くに感じている。元気で過ごしている時にはない何かが、「今ならかけて良いよ」とはっきりと言っているみたいだった。

生きている間に与えられたから、この機会をいただこう。

 

気が急きながら、長いこと使っていなかったスカイプを再設定して、再課金して、今から夕ご飯を食べようとしている旦那氏に、「私、今から電話します」と伝え驚かれ、意を決してかけましたよ、実家へ。

 

何回か呼び出してから電話口に出た父は、前より張りのない声で。電話のはじめの聞き取りがあまり良くない父が「もしもし。もしもし?」と二回言うのを確認してから、「もしもし、、、あー、私だよ、、」

数秒の間の後、私を認識した父は「、、、あぁ」と言い、私がこの先をどうしようかと考えていると、父から咄嗟に「カナダは大丈夫か?どうなんだ?大丈夫?」と言われ。

 

もうこの一言で、父の気持ちが、心に沁みて理解できました。

出し方がわからないだけで、今までほとんど間違っていただけで、やっぱり愛情深い人なんだよな。

開口一番で怒鳴られるかなとどこかで覚悟もしていたけれど、出てきたのは心からの心配と、「大丈夫だよ、こっちは、大丈夫」という私の答えに息を漏らして「あぁ、、良かった、、」と心底安堵したのが伝わる声だった。何を想っていたのか、どう過ごしていたのかが十分に伝わってきて、泣きそうになった。

 

聞きたいことは山ほどある。でも、せっかく得た「会話をする」機会だから、言葉は慎重に選びたい。

何から聞こうかと悩みながら話をしようとする私に、父の方から「ちゃんと食べてるよ。簡単な料理もしてるんだよ」とか「いい生活はしてないけど、ちゃんとやってるから」とかと言ってくる。私に心配かけないようにとしている姿勢に、グッときた。

父をおいて突然家を出た母と姉のことをどう思っているかと思いながら、私からは絶対に名前を出さないでおこうと決めていたが、これも父の方から「お母さんにお米の炊き方を教えたのはお父さんなんだよ」などと言ってくる。気にしているのだな、どう伝えようかなとタイミングを待っていると、父の方から聞いてきた。

「お母さんとお姉ちゃんは、ちゃんと生活できてるんか?、、大丈夫なんか?」

私は「大丈夫だよ。二人とも大丈夫だよ」と答えた。父は弱々しく「ありがとうございます」と言った。私は心から、「父の魂は修行を終えたんだな、、」と感じて、心の中で手を合わせた。なんていうか、本当に。

父がもう一つ、とても気になっていたのはやはり孫のことで、特に今年が高校受験だった子のことだった。静かに「孫には近づくなって言われたから、、、」と言うので、「⚪️⚪️のこと、聞きたい?なんと、高校に無事に受かったよ」と言うと「どこどこどこどこ?」と聞いてきた。「⚪️⚪️高校だよ。卒業するまで勉強頑張らないとねって言っといたよ」と言うと、しんみりと噛みしめながら「そうかぁ、、ずっと気になってたんだよ、、」と言う。

 

他にも少し話しをして、またかけることを伝えて電話を終えた。以前出した手紙でラインのことを勧めたけど、「無料で使える」というのが理解できないらしいのと、スマホ自体が扱いきれてないというので、それはまたこの先命が続けば、使い方を教えてあげられたりその他いろんなことが一緒に出来たりするといいなと心から思った。

先のことは本当にわからないけど、今ここで生きている間に電話で話せたこと、しかも恐れていた怒鳴る方の父ではなく、愛情ある悲しき父の方とまともな頭と意識で会話が出来たこと、父を守ってくれているご先祖様や今回電話をつなげてくれたいろんなもの様にとても感謝している。

今回、本当に、父はご先祖様に守られているなぁと心底感じた。

離れている間に、私は何度も父のために祈っていた。「どうか学ぶ機会を与えてあげてください」と。20歳になる年に結婚し、若くして父になり、その辺りから怒鳴ったり物を投げたりテーブルの上の食事を全部床に払い落としたりとしてきた暴れん坊の父だったけど、今回の一家離散で初めて一人でじっくり考える時間を与えられ、人生と向き合ったのだろうとその期間を思い泣けた。今、時期も時期でコロナの脅威がありことさらに一人で心細いだろうと思い、でも私にはどうすることも出来ないけれど、心配していた元家族の今現在の安全を確認できただけでも少しの癒しになればと願う。

こんな奇跡が起こるとは思わなかった。

電話を切った後、父の魂の成長に涙が止まらなかったけれど、そして近くに居られないことや生活を共にしてあげられないことにまた泣けたけれど、願わくばどうかもう少しでも長く生きてもらい、次の帰国の時はご飯が一緒に食べられたらと次の奇跡を祈るのでした。とにもかくにも、声が聞けて、会話が出来て良かった、本当に。

 

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