あの日のこと    後編

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お葬式の後、家庭教師のバイトに行った。一日だけ大泣きして休ませてもらったが、受験も間近に迫っていて、生徒とそのご家族にはこれ以上迷惑をかけたくなかった。だけど、もう生きていたくもなかった。

お葬式が終わった途端、自分の役目はもう終わった、と思った。

伝えることは伝え、通夜にもお葬式にも参列し、彼のお骨を拾わせてもらい、骨壷に入った彼を拝ませてもらった。もう、私のやるべきことは何もないと思った。

バイト中、生徒に問題を解かせている間、泣きたくなって外に出た。冬の京都は寒い。お葬式の帰りにスーツのまま来たので、なおさら寒い。空を見上げて、どうしようもなく考え続けていたことを投げかけた。

「私はめっちゃ幸せやったけど、あんたに出会えて、一緒に過ごせて、めっちゃ楽しかったし嬉しかったけど、私なんかに出会ってしまって、うちの帰りに死んでしまって、まだまだ若いのに、もっといっぱい楽しいことややりたいことがあっただろうに、こんなに早く死んでしまって、あんたはこんなんで良かったんか?私なんかに、会わなきゃ良かったのになー。ごめんなー。」

空からは何も聞こえない。でも聞きたくないかもしれない。

「死ぬくらいなら出会わなきゃ良かったなぁ」なんて、いなくなってしまった今聞いたらもうどうしたら良いのかわからない。

とにかく、私の「彼の彼女」という名の役目はこのお葬式をもって終わったんだ。今日こそ、家に帰ったら、死のう。

 

帰り道、原付に乗って大泣きしながら部屋に向かった。派手な車に乗っていたけどもの凄い慎重な運転をしていた彼とは真反対に、普段からマンホールの蓋でつまずいて原付から体が投げ出されたり(原付大破)、目の前で停車している車にノーブレーキで原付で追突したり(奇跡的に両者無傷)、同じく目の前で停車している車にノーブレーキで自転車で追突したり(これも奇跡的に両者無傷)を繰り返していた下手くそな私の運転は、泣きすぎて前が見えないにも関わらず、こんな日に限ってまるで何かに守られているように安定した安全走行だった。

泣きながら原付を運転しながら、何か不思議な気配を感じた。部屋に何かがあるような、何かが待っているような。思い当たる約束も何もないのに、なんだかそんな気がした。

アパートに着き、3階にある部屋へと向かう。階段を上りながら、やっぱり何かを感じる。部屋の前まで行く。玄関の外からでさえも、やっぱり何かを感じる。ドアを開けるのが何だか怖い。

 

ずっと外にいるわけにもいかないので、思いきって玄関を開ける。

中に入って玄関の電気を点け、何かを感じるリビングの電気を点ける。

パッと明かりがついて、真っ先に目に入ってきたのは、ベッドの上に置かれていた彼のパジャマだった。そのパジャマが、とても嬉しそうにまるで光っているかのように何かを訴えていた。彼の笑顔が見えた気がした。

「オレもめっちゃ楽しかったやん」口元を上品に優しく釣り上げて、いつもの笑顔でそう彼が言っている気がした。

そのパジャマに駆け寄り、また泣いた。

いつもそこにあったのに、彼が亡くなってから一週間、毎日泣きながらそのパジャマを隣に置いて寝ていたのに、もう死のうって思った今日に限って、嬉しそうに微笑んでいる。

「オレも、めっちゃ楽しかったやん」

 

あぁ、彼は楽しかったんだ。一緒に居られて嬉しかったんだ。

そうだ、彼は言っていた。

「オレはな、またここに来たかってんか。ここに来るのがめっちゃ楽しみやってんな。だからな、お前に好きやとか言うて、あかんーってなって、もうここに来れなくなるのがホンマに嫌やってんな。」

「お前んち、おもろいな。変なもんいっぱい置いてある。あ、ミッフィーや。オレ今度来るときおもろいもんいっぱい持ってくるわ。」

そうだ、彼はこの部屋でいつも嬉しそうに微笑んでいた。

そして最終日の夜に、ミッフィーにちなんだいろんなプレゼントを持ってきた。まるで一足早いクリスマスのように。

 

もしもあの時私と出会わなくても、私の知らない場所で私の知らないうちに一生を終えていたかもしれない命に、その最後の9ヶ月間に出会えて知り合えて一緒に時間を過ごすことが出来た。生まれては終わっていくそんな命が無数にあるのに、その一つの彼の命と、その命が尽きる前に一緒に過ごせたことはとても奇跡で幸せなことなんだと思った。

「次に会うのはクリスマスな。4時な。オレが来るって言ったら、必ず来る。出来へん約束はせえへん。ほな、またな。また。」

そう言って、彼はあの日帰って行った。

 

 

それから、いろんな人や友人たちに励まされながら、私はなんとか生きていた。もう二度とかかってくることはないだろうと思っていた彼からの着信がとても悲しく思えた。大学の構内を歩いていると、私はこんなに悲しいのに世界は当たり前のように回るということが何だか衝撃的で、彼の死があまりにも悲しすぎて数日間は世界が三重に見えた。頭か目がおかしくなったのかと思ったが、映画やドラマのような発狂とは程遠い、冷静なただ静かな悲しみの中にいた。ゼミがあったので出席せねばならず、久しぶりに大学に行った日のことだった。ゼミ後に教授たちと大学内のカフェに行くことになり、一緒に行ったゼミ仲間と近況報告などをしていた時のことだった。

「最近どうしてるの?就職決まった?卒業も無事出来そう?」などと聞かれて、

「うん。つい先日、彼氏が死んじゃった。」と答えたと思う。

「え!?」という反応を受けて、話をしようかというところで携帯が鳴った。

見ると「直哉 携帯」と表示されている。心臓が止まるかと思った。

もう二度と鳴ることはないと思っていた彼からの着信に心底驚いて、心臓がばくばく言っている。急いで席を立ち、電話に出る。

「あ、もしもし、、、直哉の母ですけど、、お元気にされてますでしょうか、、」

あの綺麗で優しい、彼のお母さんからの電話だった。お葬式や各種手続きなどが終わり、ひと段落したところでふと、私のことを思い心配になって電話をしてくれたそうだった。

「あの、、これ直哉さんの携帯って出てますけど、、あの、、」私がそう言うと、

「えぇ、いろいろ考えたんですけど、、番号を私が引き継ぐことにしました、、。携帯は事故で傷がついてしまったので、もう使いませんけど。あの子も良く私に携帯持ってくれと言っていたので、、ね、、。」と。

【もう二度とない】と思っていたものが、一つだけ戻ってきた。私は泣きながらお母さんにお礼を言った。お母さんも一緒になって泣いていた。また、遊びにきてくださいねと言われて、あたたかくてまた泣いた。

 

相変わらず毎日毎晩泣いていたが、12月ももう20日になっていた。私は大学の親友と、3泊4日で韓国に卒業旅行に行くことになっていた。帰国予定は25日のクリスマスだった。亡くなった彼もそれを知っていたので、クリスマスの午後4時に私の部屋で会う約束になっていた。でもその彼はもういない。私は気が乗らなくて、キャンセルしようかと迷っていた。

彼女が出来て初めてのクリスマスを、彼はとても楽しみにしていた。専門学校の友人たちはみなクリスマスからお正月にかけて帰省してしまうらしく、誰も遊べないと嘆いていた。本当はイブから一緒に出かけたかったようだったが、あいにく彼と付き合うことになる前からこの卒業旅行は決まっていて、それも非常にがっかりしていたようだった。

旅行から帰ってすぐだと私が疲れるということをとても心配していた彼に、25日の4時なら確実に家に帰ってきてるし、韓国は近いから私は全然大丈夫だと伝えると、

「ほんまに?ほんまにえぇのん?ほな4時に会おか、、?」と嬉しそうに笑っていた。

 

「この旅行は、彼も知っている予定だから。やっぱり行こうかな。」そう思い、やっぱりいくことにした。親友と一緒に京都駅から関空へ、そして韓国へ。行きの飛行機の中で、空に近づくにつれていろんな気持ちがこみ上げてきてずっと泣いている私に、友人は大丈夫か?とだけ声をかける。

この人は、いつもそうだ。言葉が少なくても、気持ちが伝わる数少ない親友だった。

彼が亡くなった後、みんなが私に「元気出してね」「早く忘れた方がええよ」「時間が解決してくれるのを待つしかないね」と声をかけてくれる中で、この親友だけが私に「ごめん。なんて言っていいのかわからん。何も言えないわ。」と言ってくれた。誰からの言葉よりも、その真摯な心が本当に嬉しかった。

韓国について、空港で大学の先輩と合流した。先輩は私の所属していたクラブの人で、もう何十回と韓国に言語習得修行に一人で来ている人だった。この人も、変わり者だけどとても心根の熱い人で、私は大好きだった。

日本では彼がなくなる前から食欲がなかったが、韓国に着いてからは場所と雰囲気が変わったこともあり、また韓国料理がとても合い、嘘のように食欲が湧いて元気が出てきた。生き返るとはこういう感覚なのかと思った。

食事が出来るようになり、雰囲気の違う韓国の街を歩き、気分転換が出来て少し元気になった。生気を養って、いよいよ25日に帰国した。

 

「帰ってももう来ないしな。」京都駅について重い荷物を引きずりながら、時間を潰すためにどこかでお茶でもしようかと考えたが、あまりの荷物にそれも諦めた。

来ないとわかっている約束の時間に、一人で家にいるのはなんとなく嫌だった。

仕方がないので家路につく。アパートに戻ったのは3時半頃だった。

部屋に入ると留守電が入っている。何も考えずに、メッセージを再生した。

「もしもし、◻️◻️花屋です。お花が届いています。ご帰宅されたら連絡ください。」

何?誰?やめて。考えたくない。

恐る恐るメッセージに残された花屋へ電話する。忙しそうな花屋の店員が、簡潔に用件だけ話す。

「⚪️△直哉さんから、あなた宛にお花が届いています。今宅配していいですか?」

 

私は発狂しそうになった。

ようやく、ようやく韓国でまったく違う世界を覗いてきて、ほんの少しだけ日常から逃れられた気がしていたのに、なんで。なんでお花が届くの。彼はもういないのに。やめて。苦しい。

 

花屋と電話でのやりとりを終えて、花が届けられたのが、ちょうど約束の4時だった。

私が留守なのも、留守電を聞く時間もやりとりをする時間も、全てが予定不調和だった。不調和だったのに、完璧なタイミングで花が届いた。約束の、4時だった。

私の頭は今度こそ狂いそうだった。花が届けられた時、まさに玄関口に立っている背の高い彼を見た気がした。彼の満面の笑みを見た気がした。届けられた花が、花以上の何かを放っていた。

苦しい。私はまた泣いた。泣きすぎて声が出ない。壊れる。

花が届いた。亡くなった彼から、綺麗な花が届いた。でも彼はいない。優しくてあたたかい彼はここに居ない。もう助けて欲しい。

花と一緒にカードが添えられてあった。封筒を開けるとそこには、かわいらしいカエルがネコに抱きついていて、2匹で笑って「ずっと一緒」と描かれていた。

「一緒にいてほしい」彼が亡くなってから、ずっと心の中で願っていたことだった。

姿が消えてしまっても、せめて心だけはずっと一緒にいてほしいと毎晩泣きながら祈っていた。その言葉が書かれていた。彼からだと思わざるを得なかった。

 

ひとしきり泣いて、まだ泣き止まないうちに、これは本当に彼なのだろうかと疑問がわいてきた。気を取り直して、花屋に電話をかけることにした。

「先ほどのお花は、いつ、どんな人が注文に来たか覚えていらっしゃいますか?」

「覚えてますよ。ご注文を受けたのは、12月の10日ですね。ご注文に来られたのは、細めの女性です。」

「そうですか。どうもありがとうございました。」

 

電話を切って、段々冷静になっていく頭で考えた。そうか、これは彼のお母さんだ。彼のお母さんがきっと、彼が私にしてあげたかったであろうことを真剣に考えて、お花を贈ってくれたんだ。

不思議なもので、彼からの贈り物であった方が嬉しいはずなのに、私の頭は彼のお母さんからの贈り物であることの方が断然に受け入れやすかった。

気を取り直して、今度は彼のお母さんに電話をかける。お礼を言うためだ。

「こんにちは、お母さん。私です。綺麗なお花、今届きました。どうもすみません。本当にありがとうございました。」

「え、、?あの、、お花って、、どうしたの?あ、ご友人からもらったのかしら。良かったわねぇ、、。」

「え、、いや、あの。またまた。もう良いんですよ。お母さんからでしょう。お花屋さんもお母さんが注文に来てくれたって言ってました。本当に良いんです。なんだか、、どうもすみません。」

「、、、あの、、。何をおっしゃってるのか、、。ごめんね。わからないんですけど、、すみません、、」

「え。あれ、、。あの、、お母さんじゃないんですか?このお花。直哉さん名義で、私宛に綺麗なお花が、、、あの、、約束どうりちょうど4時に、、届いたんです、、けど、、」

やっと状況の飲み込めたお母さんも、この時点で私と一緒に号泣していました。

「そうですか、、あの子がお花を、、。贈りたかったんやろうねぇ、どうしても。」

この時私たちの間には嘘らしいものは何も感じられませんでした。

一緒に驚いて一緒に泣いて、しみじみとしていました。

あの時のお母さんは、決して演技をしている風ではなく、まして嘘をつくのがとても下手な方だったので、決して私を騙しているようには見えなかったのです。

ひとしきり電話口で一緒に泣いて、それじゃぁと言って電話を切った後、やっぱり花屋さんが隠しているに違いないと思った私は、再度花屋さんに今度はお礼を言うために電話をしました。

「あの、何度もすみません。本当にありがとうございました。なんか変なことに巻き込んでしまって、すみません。」

「え?いやだから、細身のすらっとした女の人が来て注文していったんですけど。すみません、もう良いですか?」

 

私にはもう、どちらでも良かった。

花が届いた時、一瞬彼が見えたのは本当だった。彼の笑顔がパァっと見えたのも、本当だった。嬉しそうな笑顔で「なぁ?」と得意げに、約束を守ると言ったことを実行した彼が見えた気がしたのは、私にとっては真実だった。

そしてこのメッセージカードも。誰が選んだ言葉であっても、これが彼からのメッセージであり、真実なのだと思った。

 

しばらくして、彼の親友たちとお墓参りに集まった日のことだった。彼らにクリスマスの花のことを話し、もらったカードを見せた。その時、封筒の中に一緒に入れられていたある曲の歌詞とギターコードの切り抜きの紙を見せた。

友人の一人がその中の一曲を指し、「これ、直哉君が一番好きだった曲やで」と言いだした。すると他の友人も「あ。ホンマや。」と唖然とし始めた。彼らは生前、同じ高校でバンドを組んでいたことがあり、そういうこともあって、亡くなった彼の好きな曲にとても詳しかったようだった。一瞬、みんな同じことを考え、感じたのだろう。誰も何も喋らなかった。少ししてから、教習所の友人が一言「良かったやん、これ届いて。」と言った。

 

「事実は小説よりも奇なり」とこの時ほど思ったことはない。

彼のお母さんが、彼の一番好きだった曲の歌詞とコードを歌謡雑誌から切り抜き、お花とカードと一緒に贈るだなんて、ありえるのだろうか。

これらすべてが本当に「偶然」や「人為的」だというのなら、どんな確率と計算なのだろう?

クリスマスだから、どんな奇跡も起こって良い。

12月は、奇跡の月だから。

 

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