電話、つながるってよ

一昨日、母とラインで話していたら、過去数カ月の中でもっとも驚くニュースを耳にした。

 

不通だった実家の、イエデンワがつながるって、、、

 

驚愕だった。今も動揺している。どうしよう、実家の電話が通じてしまう。

以前、家の電話が通じなかったのは未払いか故障か。母も姉も未払いだろうと言っていた。どちらにしてもなおさない、またはなおせないと思っていたからこれには心底驚いた。開かずの間が、開いた。母の友人が間違って2度かけたため、イエデンワ再開が判明した。

何度でも言わせて。驚愕だった。コロナや、今現在満喫している数週間の自宅待機や、カナダ政府の失業保険のサイトがパンクしてて微妙に申請が完了出来ないことなんて比じゃない。

つまり、母が実家を脱出してから何を話すのかまったくわからないながらも勇気を振り絞って2回通話を試み、発信ボタンを押すたびに心臓が止まりかけたあの、あの実家のイエデンワが、今なら通じるなんて、、、。

ガッデム。

 

なんでかなー。なんでこのタイミングかなー。

神様は私に何をしろと言っているのでしょうか、ジュテーム。

よりによって、幼少期の思い出の大魔神、志村ケン氏が亡くなったという報道の直前の母とのやりとりで。

もう、あれだ。志村氏が父にしか見えないよね。

だって、あれだ。歳も近いし、髪も薄いし、お酒も浴びてるし、さらに胃潰瘍も持ってるし、ヘビースモーカーだし、あれだ。なぜここへきて、電話がつながるの。

手紙を書こうにも、日本とカナダの間のいろんなものが閉じてるから、いつ届くかもわからないし、何より手紙が届いても相手が返信しないし。

そう思って、何度も「これで死別でも、いた仕方なし」と覚悟を決めていたのだけど。

そもそも一家離散したその時から、それは覚悟の上なのだけども。

つながるって聞いたら、感じ悪いやないかい。

今生きててつながるのに、かけないで死なれたら気ぃ悪いやないかい。

 

よくドラマで見かける、「死ぬ前に、一言だけでも」って、あれは、本当は好きで好きでどうしようもない人が、相手が死んでしまう前に、どうか一言つながりたいという時の話しで。しかも相手が変わってる、もしくは変わる準備が出来てるケースで。

 

父と何を話せば良いのかわからないから、相手が何をぶつけてくるかもわからないから、なんだかかけられないんだなぁ。

 

 心の中でさんざん謝ったから。

遠くても思ってるから。

いつも感謝してるから。

 

二度とわかり合えなくても、父が私達を許さなくても、父がしてくれたことへの恩は忘れないから。

合掌。ありがとう。

 

 

でも明日あたりかけてしまうかも。アーメン。

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